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オルテガとSociety5.0

府医ニュース

2017年11月29日 第2839号

 この20年間、政治や経済で言われ続けたフレーズがある。「閉塞感の打破」「一度やらせてみよう」など。この言い分に反論すると、「このままでいいのか」「対案を出せ」と。まともな教養があるなら、過去の出来事や今ある制度を利用し対策を考えるところを、「しがらみのない政治」「岩盤規制をぶっ壊す」と言って切り捨てる。
 スペインの哲学者オルテガは、伝統や共同体に守られているのにもかかわらず、無責任にそれらを攻撃する愚かな人々を「甘やかされた子ども」と呼んだ。彼は、その集団および個人をmass(大衆)と言い、「ただ欲求のみを持ち、自分には権利だけあると考え、義務を持つとは考えもしない」、つまり「自らに義務を課す高貴さを欠いた人間である」と定義した。大衆化は学力や学歴とは無関係とされている。むしろ、近代においては、先鋭化された専門性や合理主義的な考えを持つエリートこそ大衆と呼ばれている。また、大衆は大衆でないもの、つまり、教養や伝統、高貴さを憎み、それを引きずり下ろす。
 失われた20年間、大阪のみならず我が国で起きたことは、大衆化によって我々を守る社会的共通資本が破壊されたとは言えないだろうか。内閣府のホームページによると「Society5.0」という名で、今後ありとあらゆるものをICTでつなげ、サイバー空間と現実世界とを融合させた取り組みを行うとある。これにより人々に豊かさをもたらし閉塞感を打破するらしい。そのために各省庁にまたがるプロジェクトを動かすそうだ。なるほど、無理筋である都市部でのテレビ診察を遠隔診療と名付け強引に進めるのはこういったことかと合点がいった。当然、地域包括ケアもその俎上に載せられている。過去の偉大な知恵や制度資本を岩盤規制と切り捨て、未来の保証もないものにすべてをかける、この姿勢を国家の大衆化と呼べないだろうか。伝統は一度失えば取り戻せない。その危機感を欠いたmass的なものが、国を挙げて進行しているのだ。(真)