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医師・医療関係者のみなさまへ

ミミズクの小窓

ギャンブルにハマる脳

府医ニュース

2017年8月30日 第2830号

 「ギャンブル依存症」は医学的にも社会的にも大きな問題である。平成26年の厚生労働科学研究班のデータによれば、日本における"ギャンブル依存症人口"は4.8%、536万人にも達するらしい。これは欧米や他のアジア諸国(依存症人口は2%以下)に比較すると突出して高い。IR構想・カジノ誘致の是非が熱い議論となるゆえんである。
 この「ギャンブル依存症」(DSM・5では「ギャンブル障害〈gambling disorder〉」)の基本的特徴は、「重大な金銭的、社会的問題をかかえてもギャンブルが止められずに続けてしまう状態」だそうだ。この状態は、過剰にハイリスク・ハイリターンを好む性格特性によるものかと思いがちだが、どうもそうではないらしい。
 京都大学のグループによれば、ギャンブル依存症の患者は、状況によって許容できるリスクの大きさを柔軟に切り替えることに障害があり、不必要な状況でも大きなリスクを取りにいく傾向があった。機能性MRIの検討では、患者は前頭葉の一部である背外側前頭前野と内側前頭前野の結合が弱いことが明らかになったという(Translational Psychiatry Apr 2017)。また、やはり京大のグループのギャンブル依存症を対象とした"損失回避行動"の研究によれば、本症患者でみられる多様性も脳の機能異常の部位の相違に帰結するらしい(Addictive Behaviors Jun 2017)。要するに、ギャンブル依存症は局在する脳病変による可能性があるのだ。
 とはいえ、臨床的にギャンブル依存症が現れるのは、内因のみならず外因たる〝賭博機会"が影響する可能性が高い。日本での有病率の高さは、やはり日本独特の遊戯であるelectric gaming machineすなわちパチンコ・パチスロと無縁ではなかろう。これらはカジノに比べて"敷居が低い"上に、人気キャラクターをモチーフとした高画質のコンピューター・グラフィックス、音響、可動式役物を駆使する"脳内麻薬放出装置"そのものであろう。このような土壌へのカジノ投下は、やはりまずくないか。
 今を去ること約460年、織田信長は桶狭間で人生最大のリスクを取った。それはまぎれもなくギャンブルであった。しかし、彼はその成功体験にハマることなく、二度と賭博的決断をしなかった。真のギャンブルとはここ一番、幸運の女神の微笑を信じて行うべきものである。一方、賭博には女神はおらず、脳の病的変化に加えて不敗の胴元がいる。IR構想は"irreversible gambling disorder"を生み出すだけではないか。