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府医ニュース
2017年7月5日 第2825号
2016年に感染症の動向で注目された事態(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態:世界保健機関)や感染症(抗微生物薬耐性、One Health、ジカウイルス感染症、結核、非結核性抗酸菌感染症、麻しん、梅毒、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律:感染症法の改正)、加えて、2017年度、大阪健康安全基盤研究所内に設置された大阪府基幹感染症情報センターや感染症発生動向調査週報の改訂について概説する。
世界保健機関(WHO)は国際保健規則に基づき、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public health emergency of international concern:PHEIC)を宣言する。現在まで、1.インフルエンザの世界的大流行(2009年)、2.野生型ポリオウイルスの国際的拡大(2014年)、3.西アフリカ諸国(ギニア共和国、シエラレオネ共和国、リベリア共和国)におけるエボラウイルス病の流行(2014年)、4.中南米諸国におけるジカウイルス感染症の流行や合併症(妊婦感染による小頭症、頭蓋内石化、その他の中枢神経異常、流産やギラン・バレー症候群)(2016年)に緊急事態宣言が発出されている。
日本においても、抗ウイルス薬やワクチンがないエボラウイルス病やジカウイルス感染症に注意が必要である。エボラウイルス病(1類感染症)は致死性が高いこと(約40%)、また、ジカウイルス感染症(4類感染症)は蚊媒介性(ネッタイシマカや日本に生息するヒトスジシマカ)や合併症(妊婦感染による小頭症、流死産やギラン・バレー症候群)の観点から重要である。2016年3月29日、WHOはエボラウイルス病に関するPHEICを、2016年11月18日、ジカウイルス感染症に関するPHEICを各々解除した。しかし、その後もエボラウイルス病の再燃症例やジカウイルス感染症の発生が報告されている。
抗微生物薬耐性(Antimicrobial resistance:AMR)病原体感染症対策は世界的課題である。「薬剤耐性に関する国際行動計画(WHO、2015年5月)」を踏まえ、日本国は「薬剤耐性タスクフォース(厚生労働省、2015年11月)」や「薬剤耐性に関する検討調整会議(首相官邸、2015年12月)」を設置し、ヒトと動物等の保健衛生の一体的推進(One Health)の強化と新薬の研究開発に取り組むことが確認された。
具体的事項として、1.普及啓発・教育、2.動向調査・監視、3.感染予防・管理、4.抗微生物薬の適正使用、5.研究開発・創薬、6.国際協力が設定されている。
加えて、ヒトのみならず、動物(特に畜産)に抗微生物薬の適正使用(Antimicrobial stewardship:AMS)による薬剤耐性微生物の減少にも言及している。
One World One Health Approach(1つの世界、1つの健康)とは、ヒト、動物、環境の衛生に関する分野横断的な課題に対し、関係者が連携してその解決に向けて取り組むという概念を表す言葉であり、国際的にも認識が高まっている。具体には人獣共通感染症(ヒト感染症の原因病原体の約60%は動物を起源)の制御・予防、蔓延の防止、生態系の保全のため、国際機関が分野を越えて協力することを意味する。
WHO国際保健規則緊急委員会は2016年2月1日にジカウイルス感染症をPHEIC宣言した。
特に、PHEIC宣言はジカウイルス感染が関連する神経障害である妊婦感染による小頭症やギラン・バレー症候群の重篤性を考慮したもので、ジカウイルスの胎児感染に伴う流産や先天性小頭症は妊娠第1三半期(13週まで)に好発することが報告されている。これを受け日本では、2月15日、ジカウイルス感染症が4類感染症に追加された。ジカウイルス感染症は蚊媒介性(ネッタイシマカやヒトスジシマカ)であるが、現在までヒトスジシマカのみが生息する地域でジカウイルス感染症の流行は確認されていない。媒介蚊(日本国内ではヒトスジシマカ)や幼虫対策の徹底が望まれる。加えて、輸血や性行為を介した感染症例も報告されている。
2016年の発生動向では、日本で12例(うち、大阪府:1例)が報告された(全て輸入症例)。感染経路は1.主として蚊媒介性、2.性行為感染、3.母子感染(胎内感染)、4.輸血である。特に、性行為感染に関し、WHOは1)流行地から帰国した男女は、感染の有無に関わらず、最低6か月間は性行為の際にコンドームを使用するか性行為を控えること、2)流行地から帰国した妊娠を計画しているカップル、或いは、女性は、最低6か月間は妊娠の計画を延期することを推奨している。
2016年11月18日、WHOはジカウイルス感染症および神経疾患と新生児奇形の増加に関するPHEICを解除した。しかし、この解除声明は、流行が終息したことによるものではなく、引き続き、ジカウイルス感染は注意を要する。
結核(2類感染症)、マラリア(4類感染症)やヒト免疫不全ウイルス感染症/後天性免疫不全症候群(5類全数把握感染症)は世界三大感染症である。世界の新登録結核患者数は1,040万人(罹患率:142/対人口10万人)、死亡者数は180万人(死亡率:24/対人口10万人)、結核は全世界で甚大な健康被害を惹起している。G8先進国はほとんど低蔓延国(罹患率 10未満)であるが、日本の結核罹患率(2015年)は14.4であり、日本は結核の中蔓延国である。
日本国内における結核罹患率(全国罹患率:14.4)は地域格差がみられ、首都圏、中京、近畿地域等の大都市において高い傾向が続いている。都道府県では大阪府(罹患率:23.5)、政令指定都市で大阪市(34.4)が全国で最高であり、また、堺市(22.0)も高く、日本国内において大阪府は結核の高浸淫地域である
感染症法の規定対象外疾患である非結核性抗酸菌(nontuberculous mycobacteria:NTM)感染症は結核菌以外の培養可能な抗酸菌による慢性感染症である。原因菌の内訳では、Mycobacterium avium complex(MAC)が約90%を占め、次いで、M.kansasii、M.abscessusである。2014年の調査研究では、日本における肺NTM感染症の罹患率は14.7(年間推計新規患者数:18,700人)であり、2007年の調査(罹患率5.7)に比し2.6倍増加し、肺NTM感染症の罹患率は結核の罹患率(14.4)を凌駕している。また、肺NTM感染症の年間死亡数は約1,500人で増加している。
NTM感染症は結核と異なり、ヒト-ヒト感染がないため患者の隔離は不要である。多くのNTMは薬剤耐性であり、長期間の治療や経過観察が必要となる。今後、NTM感染症の発生動向や対策が重要である。
2015年3月27日、WHO西太平洋地域事務局から、日本は麻しん(5類全数把握感染症)の排除状態が認定された。しかし、2016年8月から9月、関西国際空港事業所勤務者の集団感染(33名)が報告され、麻しん対策の重要性を再認識した。
排除後も麻しんに関する特定感染症予防指針に基づき、ワクチン接種、適切な発生動向調査やウイルス遺伝子解析などの対策が必要である。同様の集団感染事例は、2014年12月、麻しん排除国であるアメリカ合衆国(Disney theme park、カリフォルニア州)でも発生している。海外渡航、空港やアトラクション会場における注意喚起、さらに、世界の全ての国が排除状態でない現状から、排除状態においても高いワクチン接種率が感染防止に必要である。
麻しんの発生動向・報告数
日 本 大阪府
2016年 159人 51人(*)
2015年 35人 2人
2014年 462人 45人
(*うち関空関連:33人)
梅毒(5類全数把握感染症)の報告数が顕著に増加している。2016年に全国報告で4,518人が報告され、1974年(4,165人)以来、42年ぶりに年間4,000人を超えた。大阪府においても、過去5年間で男女計は5倍以上、女性は10倍以上の増加、そして、若い世代(10-20歳代)の増加が顕著である。女性、かつ、生殖年齢において増加していることから、先天梅毒の増加も懸念される。
梅毒の発生動向・報告数
日 本 大阪府 大阪市
2016年 4,518人 583人 464人
2015年 2,690人 324人 254人
2014年 1,661人 242人 196人
2016年4月1日より、改正感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)が施行されている。改正の主要な事項は、季節性インフルエンザの臨床検体指定提出機関制度、病原体情報収集体制の強化、検査の精度管理、倫理的配慮である。医師会をはじめ、関係機関のご理解・ご協力により、改正感染症法の実施は順調に進捗している。
2017年4月1日より、大阪府内の感染症発生情報は大阪府基幹感染症情報センター(大阪府立公衆衛生研究所と大阪市立環境科学研究所の統合後、地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所内に設置)に集約された。また、従来、大阪府感染症発生動向調査週報は主に定点把握感染症を解析・報告していたが、2017年5月25日から、大阪府感染症発生動向調査週報は感染症法に規定されている全数および定点把握感染症のすべてを網羅し、より広範な感染症発生動向情報を解析・発信している。
※本稿は小林和夫・堺市衛生研究所長・国立感染症研究所名誉所員が執筆した。