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時事
府医ニュース
2017年1月25日 第2809号
1968年、映画「猿の惑星」が公開された。核戦争の後、知能を獲得した猿に人類が支配されるという話であった。想定は2千年後の地球である。この映画は50年前に封切られたが、近未来に出現すると想像していた高度知能生物の可能性は、遺伝子操作、核移植、胚操作技術、iPS細胞等の技術的進歩で40倍加速した。しかし、我々は、スマートフォンや自動運転の自動車のような膨大な変革の波に慣れすぎてしまい、人類の危機に関しては割と無感覚でいられる。危機ですら技術で解決できるという人の傲慢さからであろうか。
2014年、米国のSA.Goldmanの研究室より胎児マウス脳に人の胎児グリア細胞を注入した実験が行われた。成長したマウス脳には、注入した人のグリア細胞が成長発育し、中枢神経を形成することが証明されたのである。このマウスの学習能力は、普通のマウスと比べて有意に優れていた。実験はキメラ胚をマウス子宮に戻して発育させた実験ではないため、動物とヒトを組み合わせたキメラ集合胚には該当しないが、胚よりも成長した段階でもヒトの細胞がマウスの体内で発育する事実を示したのである。
これ以前、日本では2000年にクローン技術規制法が成立し、法律に基づき「特定胚の取扱いに関する指針」が制定されたが、現在でもキメラ胚研究の捉え方は通用する。そこで謳われていることは、①動物を利用してヒトに移植可能なヒト由来臓器を創る研究は有用であるが、厳格な審査が必要である、②発生組織の制御が未完である間は、個体発生の研究は禁止するが、技術の動向をみながら慎重に対応する――というものであった。文言がいまだに新しく聞こえるのは、この間に法律を越える革新的技術が登場していないことを意味する。しかし、研究とは常に新しい知見を一歩一歩積み重ねていくことであるため、開発者側の意見をしっかり捉え、何が良くて何が悪いかを判断しなくてはならない。
昨年1月の文部科学省「特定胚等研究専門委員会動物性集合胚の取扱いに関する作業部会」での内容を紹介する。キメラ胚研究の最大の目的は移植臓器の確保であるが、患者から作成したiPS細胞で健康なマウスとキメラ胚を作成することで、疾患メカニズムの解明や治療法を解析することが可能となり、医学研究に及ぼす影響は計りしれない。多くの創薬がなされているが、疾患マウスを使うと分子レベルの疾患発生機序に応じた、オーダーメイドの標的治療が可能になってくる。基礎的な分野では発生学への貢献が大きい。現在行われているヒト臓器の作成は、キメラ胚を回避する試みがほとんどである。それでも動物胎児にヒト胚細胞を移植する方法、3Dプリンターを使った試み、免疫抑制動物に移植する方法、血管を使った器官原基の作成、大阪大学・澤芳樹教授の心筋細胞シートの実用化など、画期的技術の開発が目白押しである。iPS細胞を使った創薬の研究は、精力的に各製薬メーカー等でなされていると思うが、重症患者への移植臓器を提供できる臨床レベルには達していない。臓器の提供はブタがヒトの臓器と大きさが類似していることと、家畜技術が完成されていることから、移植臓器を大規模に供給する体制は整っている。遺伝子操作ブタの研究も、将来を見越して各研究室で行われている。現在の技術で、既に可能なキメラ胚による移植臓器作成を、今か今かと待ち構えているのである。
しかし、キメラ胚で臓器ができても、血管を動物由来ではなく、ヒト由来にするにはどうしたら良いのかなど、問題はまだ解決されていない。これはキメラ胚実験の致命的な問題点、すなわちキメラ胚の臓器発生の制御方法が完成されていないことに関連する。この事実は我々でもすぐに判別できる。通常、移植実験では毛色が異なる動物が用いられる。キメラ胚実験でも白のラットと黒のマウスなどが使用される。遺伝子操作で臓器ができないマウスに、異種の臓器を発生させた発表データでは、必ずそのマウスの写真が提示される。白と黒の混じった毛色の子どもマウスを見る度に、クローン技術規制法の大きな壁を感じるのである。(晴)