TO DOCTOR
医師・医療関係者のみなさまへ
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ミミズクの小窓
府医ニュース
2016年5月25日 第2785号
成人では脳神経細胞は再生されない。しかし例外もある。記憶を司る海馬など特定の領域では、終生にわたり神経幹細胞から神経細胞が新生されている。ただ加齢などにより新生能は減退するらしい。となれば、神経新生を高めることができれば加齢変性疾患治療などへの応用も夢ではない。ここで期待できそうなのが運動である。有酸素運動が大人のげっ歯類で海馬の神経新生を高めることが既に報告されている。ただ運動なら何でも良いのか、という疑問があった。
そこでフィンランドの研究者達は、運動の種類と海馬神経の新生との関係をラットで検討した(J Physiol:Feb 4,2016)。比較した運動の種類は、1.持続性有酸素運動、2.高強度インターバル・トレーニング、3.抵抗性トレーニング、4.運動しないもの――であった。結論を言えば、海馬神経の新生が有意に増加したのは、1.持続性有酸素運動のみであった。この結果を強引にヒトに当てはめれば、ジョギングは脳に良いけど、短距離ダッシュや筋トレするぐらいなら、ごろ寝してなさい……となる。「そりゃ、いくら何でも推論が乱暴すぎるだろう!」というご意見は承知しているが、最近、海馬神経新生の調子が悪いので、ご卓見を記銘できない、と居直っておく。
記憶は人間のself-identityを支えていると言っても過言ではない。従って自分が自分であるためにも海馬での神経細胞新生は重要であろう。この分野での権威である富山大学の井ノ口馨教授らは神経新生による記憶制御の可能性を示唆する興味深い論文を発表している(Cell:Nov13,2009)。すなわち海馬の神経新生は新たな記憶の獲得のみならず恐怖や不快などの記憶の消去にも関連している可能性がある。神経新生の減少は〝悪い記憶の消去〟の低下をもたらすらしい。
最近ジョギングを好む人達が増えているという。みんな無意識的に何かを忘れたいと思っているようだ……。ところでミミズクはちょっと困っていることがある。記憶の消去が悪いことだけではなくランダムに生じるのだ。有酸素運動が不足なのかも知れないが、「それは単なる老化だ」というご意見も一理ある。
人は想い出を忘れることで生きていける。だが忘れてはいけないこともある。良きことを心に留め悪しきことを捨て去る、そのためにはバーベルとダンベルを捨て、ジョギング・シューズを履こう!……なんて、やはり単純すぎるかな~。