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府医ニュース
2015年10月21日 第2763号
「風立ちぬ いざ生きめやも」
私が子どもの頃、秋風が立つ季節に母がそう口にしていました。これは、1938年に発表された堀辰雄の小説「風立ちぬ」に出てくるフレーズです。「風立ちぬ」は、高原の結核療養所で婚約者と過ごす青年を描いた小説で、冒頭近くに、フランスのポール・ヴァレリーの詩の一節の訳として「風立ちぬ いざ生きめやも」が出てきます。
小説「風立ちぬ」の中では、このフレーズは生死に関わる重い意味を持っていたと思いますが、私は「秋風が吹いて涼しくなったら、やる気が湧いてくる」くらいの感じで、初秋になると思い出していました。母もおそらくそんなつもりで口にしていたのだと思います。
ところが、今回この欄の題材にしようと思って調べたところ、「生きめやも」は堀辰雄の誤訳と言われていると知りました。原詩はフランス語ですが、英訳すると「you should try to live」となるそうです。私はずっと「生きめやも」=「生きよう」だと思っていたのですが、「生きめやも」は古典文法解釈では「生きるなどということがあろうか=生きない」となり、堀辰雄が文法的に間違って訳したとされているようです。
2013年にヒットした宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」は、ゼロ戦の設計者堀越二郎をモデルにしていますが、妻が結核で亡くなる部分など堀辰雄の「風立ちぬ」のストーリーも一部取り入れています。この映画のポスターには「生きねば!」とありました。おそらくヴァレリーの詩から取ったと思われますが、こちらの訳が正解ということになるのでしょう。
ともあれ、秋風が吹いてきました。生きねば! (瞳)