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新自由主義への隷従

府医ニュース

2015年3月18日 第2742号

 20世紀を代表する自由主義の思想家とも呼ばれる経済学者F・Aハイエクは、無制限の自由を信奉していたわけではない。歴史的な秩序や習慣がある限り政府は余計な口出しをするな、自由闊達な議論があれば自然と進歩となるというのが基本であった。サッチャーが彼の「隷従への道」を手に英国を自由主義経済へと導いた話は有名であるが、同書には自由への盲目的な礼賛ではなく、ナチズムや共産主義、社会主義が持つ全体主義性への批判と、第2次大戦後の戦勝国でなされていた計画経済も市民の自由を奪う可能性があるとの警鐘が著されている。ハイエクは文明としての自由主義と個人主義を高く評価し、個の自由を奪う全体主義への警戒を持ち合わせていたのだ。
 しかし、この伝統を守る中での自由主義は、急速に進歩したIT技術や資本主義経済によって、情報の伝達や管理により合理的な仕事や生活様式を進展させた。過激なイノベーションによって習慣、文化、風習、道徳といったものが次々と破壊されている。地域の伝統や中間共同体を守った上での自由だったのが、タガが外れ全体主義的に自由主義は振る舞っている。これを新自由主義と呼ぶ。
 2000年前後、我が国の医療もITバブルとともに情報が過剰になり、エビデンスに基づく医療が加速した。当時若手医師であった私は、これからは経験に基づく医療は古いのだ、EBMが主流だ、医療にはコンプライアンス(法令遵守)が必要だと上司より聞かされた。エビデンスもコンプライアンスも医師、人間が使うツールでしかないが、現在それらに全面的に従っている場面はないか。我々は医療現場で、人や病、社会という合理的思考だけでは解決できない対象を扱っている。EBMやガイドラインが患者のためになることは承知している。しかし、この上流からの統一見解とコンプライアンスに全面的に「隷従」することは、新自由主義が主流となった我が国の現状と合わせ、全体主義として自ら医師の裁量権(自由)を捨てることにつながる側面もあるのだ。(真)